1.委員会設置趣意
気候変動に対する取組に関し、2008年度よりスタートした京都議定書の第一約束期間において、我が国は2012年までの5年間平均で、温室効果ガス排出量を6%削減(1990年比)すべく取り組みを進めてきた。公表された2009年度の温暖化効果ガスの排出は、景気後退の影響によりCO2換算で12億900万トンと基準年比▲4.1%、前年度比▲5.6%減少した。2010年度の速報値では景気後退からの回復の中で製造業等の活動量の増加に伴い産業部門からの排出量が増えたこと、猛暑厳冬により電力消費が増加したことなどの理由で若干の数値増加が示されたが、各方面での更なる削減努力、森林吸収源対策および京都メカニズムの活用を合わせ、削減目標の達成が期待された。そのような中2011年3月11日、大地震、大津波、原子力発電所事故が発生した。
国際交渉では、2012年満了を迎える京都議定書の延長について議論を進めてきたが、我が国をはじめ、ロシア、カナダが反対を表明する中、COP17/CMP7は2日間の会期延長の末、米中など全ての主要排出国を含む包括的な将来枠組みを2020年から発行させる合意文書を採択し閉幕した。京都議定書は第二約束期間の設定に向けた合意が採択されたが、具体的な年数や先進国の削減目標の設定他具体的内容については次会議に持ち越された。日本政府は第二約束期間に参加しない方針を決め、将来枠組み決定までは法的拘束力のない自主的目標のもとで対策を実施する。また、コペンハーゲン合意に基づく新たな取り組みとして、我が国の産業界が有する優れた低炭素技術・製品等の普及による世界全体の温室効果ガスの削減への貢献を適切に評価する仕組みの構築に向けた新たな取り組みとして2国間メカニズムなどの新たな市場メカニズムの検討、準備が鋭意進められている。
当研究所は2000年度から京都メカニズムの会計・税務問題について調査研究を進め、さらに、2008~10年度は国内排出クレジットに関する会計・税務問題について、幅広い調査研究を実施した。
今年度は、これまでに蓄積してきた知見をベースに、昨年度までの議論を踏まえ、2国間メカニズム、COP17以降の京都議定書の取扱い、将来枠組みなどのテーマについて、その現状を整理するとともに、会計・税務の課題を整理し、議論を深めていくこととする。これにより事業者における排出クレジットの会計・税務取扱い等について先駆的に論点を抽出・整理して、地球温暖化対策の推進に資することをねらいとして本委員会を開催した。
2.委員
研究委員会委員名簿(五十音順・敬称略)
委員長: | 黒川 行治 | 慶應義塾大学 商学部教授 |
委 員: | 伊藤 眞 | 国士舘大学 経営学部教授 |
委 員: | 大串 卓矢 | 株式会社スマートエナジー 代表取締役社長 |
委 員: | 木村 拙二 | 愛知産業株式会社 監査役 |
委 員: | 高城 慎一 | 八重洲監査法人 公認会計士 |
委 員: | 高村ゆかり | 名古屋大学大学院 環境学研究科教授 |
委 員: | 武川 丈士 | 森・濱田松本法律事務所 弁護士 |
委 員: | 村井 秀樹 | 日本大学 商学部教授 |
事務局 | |
蔵元 進 | 財団法人 地球産業文化研究所 専務理事 |
水越孝祐 | 財団法人 地球産業文化研究所 地球環境対策部 主席研究員 |
(平成24年3月現在)
3.「平成23年度 排出クレジットに関する会計・税務論点調査委員会」開題
委員長 黒川行治
(1) 東日本大震災-自然の猛威と科学・技術の限界の認識
2011年(平成23年)3月11日、東日本大震災が発生し、マグニチュード9以上の大地震と10メートルを遥かに越える大津波が岩手、宮城、福島各県の海岸に押し寄せた。これまで、大地震を予知すべく長年にわたり地球物理学者等が研究に専心し、多くの探査機器が設置されてきた。また、大津波の来襲に備えるために、大規模な防波堤が築かれてきた。これらの行いはすべて、「人間が自然を管理する」という思想を具体化するものであり、人間にとって快適な環境を保全し、人間社会の維持・発展を願っての行為である。それが、3月11日の大地震、大津波という自然の猛威の前では、人間の科学技術の水準は、独りよがりのもの、頼り無いもの、そして我々の保全しようとした環境の基盤のはかなさを思い知ったのである。ところが、この東日本大震災は、人間対自然の対立と、人間による自然の管理可能性という論点を提示しただけでは済まなかった。
福島県を襲った大津波は、福島第一原子力発電所の炉心緊急冷却用予備電源を無力化し、炉心内の核燃料のメルトダウン、それに続く水素爆発による発電所建屋の崩壊により、広範囲に有害な放射性物質が拡散した。4号炉の使用済み核燃料の臨界こそ、すんでのところでくい止められたが、福島県を中心に放射性物質の拡散のため、長い期間にわたり人間のみならず大多数の生物にとって有害な環境が現出した。陸地の放射能汚染の状況は、徐々にその実態が明らかになってきたが、海に対する汚染の状況は、人間の現在の科学的知見、測定技術では、明確に把握することはできそうに無い。ともかくも、人命や経済環境の直接的な被害は、大地震と大津波によるところが大きく認識しやすいが、レベル7という最悪の放射性物質拡散は、実態調査と各種研究結果が報告されるつど、その影響が明らかになっていくものであり、どこまで深刻かつ長期にわたって環境が損なわれ続けるのか想像するだけでも恐ろしい。
東日本大震災から1年が経過し、これまでに大震災の人間社会に対する意義やインパクトが、環境科学や公共社会学、経済学、政治学等の多くの分野で議論されてきた。したがって、浅薄な私がここで改めて論ずることは憚られるところではあるけれど、平成23年度の当研究委員会の開題として、触れない訳にはいかないと思うので、ご容赦いただきたい。
(2) 生物種としての人間と環境思想-「二元論」・「一元論」と「環境主義」・「エコロジズム」
冒頭でも述べたように、大地震と大津波で済んでおれば、自然の驚異の前での人間の無力を悟り、自然とどのように向き合って人間社会を形成していくのかの議論(例えば、住宅地域、工業地域、農業地域の区分け、高齢者と若者からなるコミュニティの確保、地域医療の充実と商業地域の活性化等、都市設計・都市工学の議論がその中心)のみが、大震災の教訓として行われていたはずである。しかし、自然界への放射性物質の拡散は、人間という生物種のもつ地球上での存在意義という論点を鮮明にしたのではないかと思う。
人間という種にとって心地よい環境を保全するために自然を管理するという思想は、人間という種を特別な存在と画定し、人間と人間以外の生物ならびに非生物からなる自然とを対立する存在とみる「二元論」が根本にある。しばしば、この思想は、キリスト教世界(いわゆる西洋文明)の進歩の基礎ともなったもので、旧約聖書の創世記にその源泉を見いだせると言われてきた。「持続可能な発展」を目指す現在の人間社会には、人間にとって安全で快適な環境を創出すべく自然を造り替え、管理していく(「環境保全」)ことを肯定する「環境主義(Environmetalism)」は都合が良く、それは西洋文明の二元論と軌を一にするものとされている。
この思想に対して異議申し立てをするのが、ディープな「「エコロジズム(Ecologism)」である。人間種も生態系の一部を担う存在であり、生態系を保存(「環境保存」)するような人間社会の在り方を提案するものであった。人間種を人間以外の生物種とは異なる特別な存在とは見ないことから、エコロジズムは「一元論」思想ではないかとされ、自然崇拝の原始的宗教や仏教等はこの思想の発現であり、西洋文明に対して東洋文明は、一元論的であるともいわれるのである。
(3) 自然物と人工物
人間は、文明の進展とともに人間が造ったという意味で自然物に対立する人工物を残してきた。二元論で考えれば、自然物と人工物とは、対立的(対称的)存在として併存してきた。原子力発電所もその一つであるし、放射性物質の拡散もその人工物の一つであろう。しかし、ここで、一元論の思想の延長で、生態系を拡張して自然環境を眺めてみれば、自然環境とされるものは、非生物的(物理的)な地球活動とあらゆる生物の営みの両方の結果によって出来上がってきたものであることに改めて気がつく。わが国は国土の約67パーセントが森林に覆われ、「緑の国」(グリーン・カントリー)を標榜しても良いのではないかとさえ思うが、その森林のうち約40パーセントは先祖が営々と植林してきた人工林である。また、集落に隣接して存在していた「里山」(住環境の理想的存在とも言われる)も、人工的に保全されてきたものである。飛躍するけれど、非生物とされる石炭や石油にしても、かつての生物の遺骸が地球時間のなかで、さまざまな物理的影響を受けて製造されたものであり、過去に生存していた生物の名残りである。生物も地球上の自然環境を造り出す存在なのである。
人間も生態系の一つの種であって、自然環境を形成する生物の一つである。放射性物質の拡散も、新たな自然環境を造り出した行為の一つに変わりない。では何が問題なのかというと、放射性物質が人間にとって有害な物質であり(多くの生物種にとってもそうなのだが、現在のところ、強調されているのは、放射性物質の拡散にさらされた地域住民にとって)、快適な社会生活が危険にさらされているからなのである。しかし、地球という存在からみると、この新たな環境はどのように評価されるものなのか。例えば、ジェームス・ラブロックの「ガイア」仮説を持ち出して考えてみると、どのように解釈できるのであろうか。人工的と言われるかもしれないけれど、環境の一部となった放射性物質の拡散は、超有機的生命体と擬制されうる地球にとってきわめて重大事なのであろうか。また、互いに関連しあう有機的生命体の一つであったはずの人類という種が、放射性物質拡散の危険を侵すような活動をするに至ったわけだが、この行為によって、超有機的生命体の存在の安定のために共存する種々の構成要素から、人間種の脱退を宣告されるに至ったのであろうか。
(4) 人間種の特徴
ここで、ふたたび人間という種(=人類)のもつ特徴、他の種とは隔絶した卓越する能力、傾向性を確認しなければならない。それは、人間だけが社会を形成する種だということである。(人間以外の霊長類も社会生活を営むと言われるのは承知している。ここでいう「社会を形成する」の意味は後述により次第に明らかになるので、それまで我慢されたい。)すなわち、種の保存・発展という究極的な目的のために、すべての種の行動は目的付けられている。しかし、人間という種は、種の保存・発展とは直接結びつかない目的のためにも活動している。共同社会、コミュニティを形成し、その中で個々の個体は、生存する今の幸福を目的として、さまざまな活動をしてきた。それが文化の形成であり、社会制度、科学・技術の進展により、文明が形成され、そして発展し、「生きる」とは如何なる意味なのか、「死」をどのように受け入れるのかという問に対しても信仰によって乗り越えてきた。人間という種は、このような社会を形成する種であるところに特徴があり、社会的活動を通じて自然の形成に参加する種なのである。
(5) 結語-2つの示唆
このような推論から得られる示唆は2つある。第1は、「科学・技術の社会化・政治化」と呼ばれる現象がそこここに現出していることである。原子力発電の是非は言うに及ばす、当研究委員会が長年に渡り研究対象としてきた地球温暖化問題に対する温室効果ガス削減のための排出クレジット取引という仕組みの導入は、まさにそうであって、いわゆる理系の科学者・技術者だけでなく文科系の学者・専門家の出番となっている。ジェローム・ラヴェッツや小林傳司教授(注)の示唆する「トランス・サイエンス」(すなわち、システムの不確実性が高く、関与する利害関係が広い問題は、その解決を科学・技術の専門家に委任することで済ませられず、市民の参加によって決定することが必要である)というキーワードを援用し、理系の科学・技術の専門家と一般市民の中間段階に、文科系の学者・専門家の参加を挿入したものである。ポスト京都議定書の問題が政治問題となっているのは、人間という種の特徴が発揮されているものであって、議論に参加する専門家の領域が経済学、法学、政治学、そして社会学に拡大していくのは当然の成り行きであろう。
次に第2の示唆について述べることにしよう。現在の状況は、「二元論=環境主義」の思想をベースに、「人類(文明)の持続可能な発展」を目的として、社会制度を支える諸分野の英知が試されているという解釈が一般的である。「一元論=ディープなエコロジズム」の思想をベースにすると、これまで展開してきた物質文明自体を否定するような帰結になり、持続可能な「発展」という前提(目的)と矛盾すると考えられるからである。ところが、本稿での推論は、この「一元論」的な思想からも、人類という種のこれまでの物質文明の追求、将来に向かっての科学・技術の一層の進展を肯定する余地がありそうだということを示唆する。
人間という種は、社会を形成し、社会活動として自然環境を造り出してきた。文明(主として物質主義的な文明)の生産物によって自然環境を時間軸にそって改変してきたのである。われわれの種の宿命、あるいは業は、われわれの種が選択する科学・技術、社会制度、そして信仰等からなる文明の帰趨によって種自体の生存が決定するところにある。つまり、人間という種が超有機的生命体の構成要素として留まれるのか否かは、人類が決定する文明の進展方向次第であって、それは自己責任以外の何ものでもないということである。
そこで、文明とくにこれまで追求してきた物質主義的文明の発展方向が問題となるのである。われわれは、事を成していく場合、穏やかな代替案=改善活動は比較的抵抗がなく成就しやすい。ここでの論題に照らしてみると、それは、「漸進的環境改善」方策である。例えば、自動車で言えばハイブリッド・カーのような単位当たりの化石燃料消費量の節減技術がそれである。それはそれで、確実に実行していくという点で重要性には変わりない。しかし、ここで想定しているのは、卓越した科学・技術、これまでの物質主義的文明とは一線を画する画期的転換である。18世紀の産業革命が現在の物質主義的文明の出発点であると解釈するのであれば、それに比肩するような人間という種にとっての大変革でなければならない。しかも産業革命は、単に科学・技術的な革命であったのではない。われわれの社会=公共社会の在りようも一変させた。経済制度にあっては資本主義、政治体制にあっては民主主義が進展したのである。社会を形成していく人間という種にとって大革新とは、社会を形成する文明全体の大変革である。
超有機的生命体の安定に貢献する構成要素の一つとして存続する資格を要求するために、種としての人間という観点に立ち、その特徴である公共社会・制度の在りように関する深い洞察を一層求められていることを確認したい。
(注)小林傳司『トランス・サイエンスの時代』(NTT出版、2007年)
4.委員会概要
(1) 第1回
日時: | 2012年1月19日(木)18:00~20:00 |
場所: | (財)地球産業文化研究所 会議室 |
概要: |
「COP17/CMP7 概要報告」 (事務局)
2011.11.28~12.9 南アフリカ・ダーバンで開催されたCOP17/CMP7の概要について事務局から報告、質疑を行った。
「二国間オフセット・クレジット制度の現況について」
経済産業省 産業技術環境局 地球環境連携・技術室 課長補佐 長田稔秋様
我が国が推し進めている二国間オフセット・クレジット制度の現況について経済産業省長田様から解説いただき、質疑・ディスカッションを行った。
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(2) 第2回
日時: | 2012年2月23日(木)18:00~20:00 |
場所: | (財)地球産業文化研究所 会議室 |
概要: |
「ダーバン会議の評価とその後の動向と展望」 高村ゆかり委員
南アフリカ・ダーバンで開催されたCOP17/CMP7決定文書主要項目の解説、日本・各国が注視する事項に関する国際法から見た解釈の考え方、今後の展望などについて高村委員から講演いただき、質疑・ディスカッションを行った。
「排出権取引に関する投資勧誘被害について」 武川丈士委員
原発事故により火力発電が増加するため排出権価格が高騰するなどとして排出権に対する投資話を持ちかけトラブルが多発している状況、現在の法規制が及ばず早急な対応の必要性、併せて規制による影響等について武川委員から紹介いただき、質疑・ディスカッションを行った。
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(3) 第3回
日時: | 2012年3月8日(木)18:00~20:00 |
場所: | (財)地球産業文化研究所 会議室 |
概要: |
「総量削減義務と排出量取引制度の運用状況について」
東京都環境局 都市地球環境部 総量削減課 排出量取引係 高岡路枝氏
2010年度からスタートした東京都制度の報告初年度における運用状況について、高岡氏から講演いただき、質疑・ディスカッションを行った。
オブザーバーからの情報提供
「ファイナンス面からみた2国間クレジットについて」 日本政策投資銀行 加藤隆宏氏
「低炭素社会に向けた産業界の取り組み近況」 東京ガス 吉田豊氏
「二国間クレジット案件発掘調査について」 トーマツ 松本仁志氏
「アンケート調査結果 節電対策の取組と経営への影響」 日本・東京商工会議所 神山健一氏
各氏から紹介いただいた。
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5.参考資料
(1) ダーバン会議の評価とその後の動向と展望
(第2回委員会資料) 名古屋大学大学院 環境学研究科教授 高村ゆかり委員
(2) ダーバン会議(COP17)の合意とその法的含意:気候変動の国際レジームの課題
(第2回委員会資料) 名古屋大学大学院 環境学研究科教授 高村ゆかり委員
(3) 総量削減義務と排出量取引制度の運用状況について
(第3回委員会資料) 東京都環境局
以 上
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